ひなせたん 寝る前に考えた

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上杉鷹山の「為せば成る」の歌、間違った意味で拡がってるよね

こんばんは、ひなせ たんです。

 

「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」

 

この歌を詠んだのは、米沢藩主の上杉鷹山(ようざん)。江戸時代の大名で、名君として有名な人です。次期藩主や家臣達に、この歌を教訓として詠み与えました。

 

この「為せば成る」という言葉なんですが、「やれば出来る」「努力すれば夢は叶う」「諦めなければ成果が出る」といった意味だと記憶している人がほとんどだと思います。実際、検索するとこういったフレーズばかり書かれています。

 

「どんなことでも、強い意志をもって挑戦すれば、必ず実現できる。結果が出ないのは、成し遂げようと思って行動していないからだ」とか。

 

違いますよ。

 

上杉鷹山のような立派な人物が、そんな無責任な言葉を言うわけがありません。

 

 

●上杉鷹山とはどんな人?

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上杉鷹山(1751年~1822年)

 

財政破綻・領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作った、江戸時代屈指の名君と言われています。

 

上杉家は、18世紀中頃には借財が20万(現代の通貨に換算して約150億から200億円)に累積する・・・・・・

※Wikipediaより

 

この状態から藩を立て直したわけですから、普通の人ではありません。しかもですよ、鷹山の治める米沢藩は、天明の大飢饉(1782年~1788年)にも襲われています。

 

財政難と飢饉、どちらかだけなら、まだやりようはあります。
国の財政が安定しているところに飢饉が発生したなら、国の財源を民の救済に当てるとか、年貢を下げるとか方法はある。安定して年貢が納められているなら、国の財政の立て直しに集中すればいい。でも実際は、両方に対応しなければならない。

 

このような状態から、国をどう立て直すのか。

 

鷹山はまず、自分から行動しました。

 

財政の立て直しのために、自ら率先して質素倹約に努めました。食事も決して贅沢をしなかった。国のトップが自らを律し、そこから藩の財政再建に着手したわけです。

 

「為せば成る」の「為す(動作・行動)」です。

行動を起こすのが大切なんです。

 

フィクションの世界でなら、お忍びで身分を隠した殿様が庶民を手助けするなんて話がよくありますが、この人は本当にそれを実践していて、助けてもらった老婆の手紙という形でそのお話が残っています。そのくらい行動の人なんです。

 

 

●武田信玄の歌が前提としてある

 

さて、「為せば成る」の歌ですが、武田信玄の歌を原型としているのも有名な話です。

 

「為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨つる 人の儚さ」

 

強い意志を持って行えば実現できるのに、出来ないと諦めてしまう人の弱さを歌っています。

 

ちょっと不思議じゃないですか?

 

武田信玄が「行動すれば成果は出るのに、出来ないと諦める人が多いなあ」と歌っている前提があるのに、その後に上杉鷹山が「やれば出来る。人はやらないから出来ない」なんて、言うと思います?

「強い意志があればできるけど、それを持てないのが人だよね」という話の後に「やればできる」なんて言ったら、今まで人の話を聞いていなかったのか、ってなります。

 

普通に考えれば、武田信玄の歌に対する、鷹山なりの答えを歌っているはずです。

諦めてしまう人の弱さに対する回答が、そこにはあるはずです。

 

信玄の歌をお手本としたのなら、違っている部分こそ、鷹山が伝えたい内容。「為せば成る、為さねば成らぬ」は共通です。「為せば成る」(行動すれば成果は出る)と伝えたいだけなら、信玄の歌で事足りる。

 

信玄が人の弱さを嘆いているわけですから、鷹山は「なぜ弱いのか、なぜ出来ないのか」を伝えたいはず。「何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」にこそ、大切なメッセージがあるはずです。

 


●「やればできる」って、喧嘩売ってんのか

 

先代のお殿様が倹約できず、財政を圧迫。
人員を余剰に抱え、本当なら財政再建のためにリストラも必要。でもそんなことをしたら家臣からの反発は必至。なんとか家臣達の生活を守りつつ、財政の再建は出来ないものか。

 

農民は飢饉に苦しんでいる。できるものなら、年貢を軽くしてやりたい。天明の大飢饉の際には、数千人もの餓死者が出た。

 

こんな藩の状況で、無責任に「やればできる」なんて言う殿様がいたら、その人は間違いなくバカ殿様です。

 

「なになに、飢饉で餓死者が出ている? な~に、やればできる」

 

国中の人達から、「なに言ってやがる」って思われます。農民達も、「やればできるんだな、それなら一揆でもなんでもやってやる」ってなりますよ。

 

やろうと思っても、なかなか出来ない状況があるのは、鷹山からしてみれば百も承知なわけです。武田信玄も歌っているし、藩の財政や、民の困窮を見れば明らかです。

 
だから、鷹山はまず自分が行動した。

 

殿様が徹底的に倹約している。まず為している。行動している。
やらなきゃ、始まらない。やらなきゃ、結果が出ない。

 

だからこそ、「為せば成る、為さねば成らぬ」が活きてくる。

国のトップがここまでやっている。それなら自分たちもやらなきゃ。国民はそう考える。

 

では、鷹山自身はなぜこれが出来たのか。おそらく、それが歌の答えでしょう。

 

 

●次期藩主に伝えたのがポイント

 

この歌には、次期藩主に伝えたい「心構え」といった意味が込められているはず。

 

信玄の歌を伝えるとすると、「諦める人が多い」といった内容で、決してポジティブな内容ではない。人の弱さを嘆いているので、次期藩主や家臣に伝える、というのには向きません。


「やればできる」という内容だけなら、家臣や国民に自分の行動を示せばいい。実際に行動も伴っている人だから説得力もあります。

 

では、「成らぬは人の 為さぬなりけり」は何を伝えたいのでしょう。


鷹山ほどの人が、単純に「成し遂げようと思って人は行動していない」といった意味で伝えたとは思えません。

 


●何事も人の為

 

やればできる、は自分の為の考え方なんです。
頑張れば夢は叶うとか、努力をすれば結果が出るとか。

言ってしまえば、個人の話。

 

でも、鷹山は次期藩主や家臣に、心構えとして伝えた。
国を治める者はどうあるべきか、という考えを教えたかった。
これは、なぜ頑張れるか、という話に繋がります。

 

本当に伝えたかったのは「何事も成らぬは人の為さぬなりけり」の部分なんです。

 

鷹山が行動したのは、国民の為を思ってです。

本気で民を救いたかったし、藩を立て直したかった。

人々の生活の苦しさを、自分の痛みとして感じた。だからこそ、殿様という身分でありながら、自分が質素倹約できた。身分を隠して人助けもおこなった。

 

自分の為だけの行動だと人は弱い。人の為を思えば強くなれる。行動できる。

 

本当の意味って、こうではないでしょうか。


「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」
(人の為を思って)行動すればできる。(人の為を思って)行動しなければ結果に結びつかない。成し遂げられないのは、(人の為を思って)行動しないからだ。

 

「やれば出来る」ではなく、「人の為を思え」という意味なんです。

「為」という言葉に、本来の意味の「動作・行動」と、「人の為」の両方の意味が込められています。

 

この意味なら、信玄の歌の「諦めてしまう人の弱さ」に対する答えになります。
次期藩主や家臣に伝えたのも、国を治めるものの心構えとして伝わります。
まず自分から行動する、という鷹山の生き方にも一致します。

 

鷹山の残した伝国の辞には、

「国家人民の為に立たる君にて君の為に立たる国家人民にはこれ無く候」
国・国民のために存在・行動するのが君主であり、君主のために存在・行動する国・国民ではない。

という言葉があります。この言葉にも通じます。

 


●問題は、一人ひとりがこの意識を持てるか

 

自分の行動が、本当に人の為になるのか。人の為を思っての行動か。

現代にこそ、必要な考え方です。

 

言葉だけで「人の為」という人は「偽物」です。

だから、まず、「為す(行動)」が大切です。