ひなせたん 寝る前に考えた

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褒めると叱るでは、どちらが有効かという話はやめよう

こんばんは、日生 誕(ひなせ たん)です。

今日はちょっとまじめな話です。

 

会社やセミナー、あるいはビジネス系のブログなどでも、「褒める」と「叱る」のとではどちらがより人を成長させられるか、といった話がよくされています。

 

結論から言いましょう。
当たり前の話ですが、どちらが良いかなど、決められるはずがありません。
「褒める」と「叱る」のバランスは、その人や状況によります。

 

時々、「人は褒めたほうが成長する」といった結論で話をまとめる人もいて、うんざりします。
気付かないうちに、偏った見方をしていますよ、という話です。

 

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褒めて伸ばす


●「褒める」と「叱る」は使う場面が違う


そもそも論のような話になってしましますが、「褒める」と「叱る」とでは、使用するシチュエーションが違います。

 

それなのに、「褒める」と「叱る」のとではどちらが良いのか、この場面だったらどうだろうかといった、前提が間違っている話がよく繰り広げられています。

比べるのが間違っています。

 

●褒める場面

会社などで、部下に仕事を覚えてもらいたいのなら、しっかり「褒めて」自信をつけてもらうのが大切だと思います。ちょっと仕事上でミスをしたからといって「叱る」必要はありません。

 

「褒める」のは、成果を出したとか、良いことをしたから、というばかりでは無く、日常の何気ない行動や、当たり前に気付くといった事柄からも始まります。

気持ちよく働いてもらう為、円滑な人間関係のためのコミュニケーションの手段になります。

働きやすい環境で、余計なストレスが無く仕事に集中できる。だから成長につながる。

 

●叱る場面

会社で「叱る」必要があるのは、どこまでが、という線引きが難しい部分もありますが、一言で言えば「問題行動」を取った時です。

 

仕事がどう、ミスがどうという話では無くて、モラルや考え方、意識に関する部分です。

厳しい上司なら、部下が「本当はやれば出来るのに手を抜いた」、ということで「叱る」場面もあるかもしれません。

自分に対して甘くなっていた人は、叱られることで気持ちを引き締める。だから成長につながります。

気を付けねばならないのが、「問題行動」を起こすのは、能力の低い人ばかりではないという点。

優秀な人ほど周りの人を待たずに動いてしまう。人の気持ちを考えなかったり、法律やルールのギリギリを突き、時には破ってしまう働き方をする場合がある。

そういった時は、ちゃんとした人が「叱って」やる。

仕事が出来る人ほど「叱られる」と言われるのは、こういった部分のことです。もちろん、これも成長に繋がっている。

 

大切なのは、必要な状況でしっかりと「褒める」「叱る」を使い分けることです。
どちらも、コミュニケーションの手段であり、指導です。目的はどちらも人に成長してもらうことです。
どちらが良いとは言えません。

 

●なぜ、「褒める」と「叱る」がテーマになるのか

 まずは、教わる側の視点。

 多くの人はできれば「叱られたくない」と考えています。ただし、これは大きな誤解によるものです。

 

「叱る」と「怒る」の区別もつかない愚かな上司も多いので、教える側は、大概の場合には部下に対して感情的に「怒って」しまっています。しかも、問題行動も起こさないような、おとなしい人に対してほど「怒り」やすいから「怒る」。

 

大声で怒鳴る、人前で見せしめのように言う、感情論で攻める、人格を否定する、言葉の暴力を振るうといった、「怒る」という、ただの感情による攻撃を、受け取る側は「怒られた」=「叱られた」と受け取ってしまう。

 

結果的に、「叱られた」わけでは無いのに、「怒られた」=「叱られる」のがイヤになってしまう。

理不尽を感じながら、こんなことで「叱る」必要は無いのに、こんな「叱られ方」をされるくらいなら、モチベーションが上がるように「褒めた」ほうが、よほど良いはずなのに、という思いを抱えている。

 

だから、「褒める」と「叱る」のどちらがいいか、という話題があったなら、「叱る」より「褒める」ほうが良いに決まっているでしょ、という気持ちでついつい見てしまう。

 

続いて、教える側の視点。

教える側でも、「褒める」と「叱る」では、人によって捉え方が違います。

 

「褒める」のは気が楽です。
相手を不快な気分にさせないし、言っている自分も気分が良い。
気持ちよく働いてもらって成長につながるなら、それに越したことは無い。

 

  「叱る」のは大変です。
  自分のことを棚に上げて相手を叱っていては、反感を持たれてしまうし、
  言い方にも気をつけないと、心を傷つけるだけになってしまう。

 

「褒める」のは難しいです。
しっかりとポイントを押さえないと逆効果だし、
相手との信頼関係が無いと効果を発揮しない。

 

  「叱る」のは簡単です。
  誰から見ても明らかな問題点を指摘すれば良いだけ。
  改善点を伝えることを意識すれば何の問題も無い。

 

大体の場合、「褒める」のが得意な人は「叱る」のが苦手、
「叱る」のが得意な人は「褒める」のが苦手です。

 

両方得意という人は少数でしょうから、多くの人が苦手な部分を持っていることになる。

どうやってやっていけば良いのか、みんな悩んでいる。自信がない。

 

人によって言い方も使い分け、タイミングや相手の気持ちを考慮する。

一部の人に偏りすぎてもいけないし、人をよく観察する必要がある。

難しいし、面倒です。

これが「どちらがいいか、正解を教えて欲しい」という気持ちを生んでいます。

 

●それぞれの状況で、2つを使いこなす

皆が悩んでいるテーマだから、人を引きつける。不安だから教えて欲しい。

教える側も、教わる側も、こうすれば良いという答えを提示して欲しいのだと思います。

 

気を付けなければいけないのは、聞き心地の良い、安易な結論です。

 

「褒める」ほうがいい。本当にそうでしょうか。

お互いの傷を舐め合うように、居心地の良い場所で「褒め合って」いませんか?

クオリティが高くない仕事を褒めて、ダサイクルになっていませんか?

 

もしかして、仕事で無意味に「怒られる」ばかりで、「叱られた」ことが無いんじゃないでしょうか? 

そういった人は「叱り方」も分からず、「怒る」だけになるのではないでしょうか? 

「叱れない」から、「褒める」ほうがいいって言っていませんか? 

 

「叱られる」ほうが良いと考える人もいます。

おそらく、その人の場合、「叱る」ということがそもそもどういうことなのか、「叱ってくれる人がいる」ということが、どれだけ大切なことかが分かっている人だと思います。

 

「怒る」だけなら馬鹿でもできる。

「叱る」のは、本当に相手のことを考え、真剣に人として向き合っていないと出来ない。

もし自分が道を踏み外したとき、その人がいればちゃんと「叱って」くれる。安心して自分は進めば良い。

そんな人が周りにいますか?

もしくは、自分がそんな人間になっていますか?

 

「叱れる」人が少なくなっているのでは、と感じることがあります。

たびたび問題になる「炎上」行為。

「叱れる」人が身の回りにいた場合、あんなことが起こるでしょうか。

ちゃんと「叱られて」育ってきた人なら、あんなことをするでしょうか。

 

「褒める」だけでは、人は増長し、自尊心が肥大化してしまいます。

「叱る」ためには、感情に任せて怒りたくなるような場面でも、「叱る」と「怒る」は違うのだと、自分を厳しく律して、相手と接しなければなりません。

 

「褒める」と「叱る」。

二つを使いこなすためには、使う人の成長と、人間関係の構築が不可欠です。

 

●求められるのは「褒める」と「叱る」が出来る人です。

家庭の親や学校の教師、あるいは会社の上司がちゃんとできるようになりましょう・・・・・・という話では、ありません。

 

自分は「叱られる」「褒められる」側だと思っている人、

あなたも、「褒めたり」「叱ったり」しないとダメなんですよ。

 褒められないから自分は成長しない、なんて言い訳していませんか?

あなたはどれだけ人を「褒めて」「叱って」いますか?

 

それとは逆に、自分は「褒める」「叱る」側だと思っている人。

「褒めたり」「叱ったり」してくれる人が周りにいなくなって、裸の王様になっていませんか。

 


「褒める」と「叱る」では、どちらが良いかというバカな話はやめましょう。
どちらもやっていかなければいけません。

 

「褒める」と「叱る」は、人を成長させるためのものです。

 

言われる側も、


言う側も。

 

 

※2019-02-28の記事をリライトしました。