ひなせたん 寝る前に考えた

空想・夢想・妄想が主な成分

「という」「こと」「思う」という文字を減らせば文章が読みやすくなる

どうも、日生 誕(ひなせ たん)です。

 

今日も、文章についてのお話です。

先月や昨日の記事で、形式名詞はひらがなで書くとお伝えしました。

 

【形式名詞の例】

○楽しいこと  ×楽しい事

 

その次の日に、こんな内容を書くのも恐縮なんですが、この「こと」という文字は、文章中にあまり使用しないほうが良いです。

 

他に、「という」「思う」という文字も、文章中に使用しないほうが良いとされています。

 

なぜなら、回りくどい文章になったり、説得力のない文章になってしまうから。

同じフレーズが繰り返されることで、文章のリズムが悪くなる、といった理由もあります。

 

単純に言うと、「という」「こと」「思う」という文字を減らせば、文章が読みやすくなります。

 

 

 

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●文章を書き慣れていないと、「という」「こと」「思う」というフレーズを使いがち

 

言ってしまえば、初心者あるあるです。

文章を書きなれないうちは、人は易きに流れてしまうもの。

ついつい、簡単な文章とか、楽な言い回しとか、責任を逃れるような文章を書いてしまいます。

そのときに使われやすい文字が、「という」「こと」「思う」なのです。

 

では、実際の例を見てみましょう。

 

誰の? もちろん、私の過去記事内の文章です!

 


●という、の悪い使用例

hinasetan.com

 

  • そういった場で感じるのが、面接の手法が古くさい、という事です。
  • 面接する側が考え方を変えていかないと、この先ヤバイのではないか、という話です。
  • 「面接」と呼ぶ名称自体が、上下関係というか、対等で無い立場の関係を表しているようで、ふさわしくないですね。
  • 本来なら、労働者側が労働力を提供するという「契約」とか「商談」のはずなので、対等であるべき。
  • という事実を忘れてはいけません。
  • という意味ではありません。
  • という気持ちが大切。

 

・・・・・・。

という状態です。

 

ねっ、「という」を一つの文章中に使いすぎると、おかしいでしょう!

くどい! 偉そう! 回りくどい!

 

この気持ちを分かってほしいとか、言わなくても分かるでしょうといった、気持ち悪い同意を求めている印象になります。


●こと、の悪い使用例

hinasetan.com

 

ちなみに、「こと」は形式名詞なのでひらがなで書くべきですが、当時は漢字で書いてしまっています。
その部分も含めて反省しないと。

 

  • いろんなが脳裏をよぎるはずです。
  • 騙されているに気付いても良さそうですが、
  • ほとんどの者が「真実を語る」が出来なくなった。
  • 皆が本当はおかしいと思っている
  • 報告が出来る人達がいる国なら、こんなになってないでしょう。
  • というもあるのです。
  • あれこれと考える人ほど、本当のが言えない。

 

そういうことです!

 

あまり考えずに「こと」を使用しています。

具体例を出したりするのが面倒で、足りない部分を読み手の想像力に補ってもらう形になります。

事実とか事態とか、「こと」の本来の漢字である「事」が含まれる熟語で言い換えられそうですね。


●思う、の悪い使用例

実例は・・・・・・もう、いいですよね。

我ながら、精神的ダメージの大きい方法で、物事を伝えようとしています。

 

「思う」の例は、実例を出さなくても分かりますね。

おそらく、皆の記憶に残っているのではないでしょうか。

語尾が「思った」「思った」のように連続する、小学生が書いた作文を。

 

大人が書いた文章で、「思った」「思います」「思うのです」「思わないですか」「かもしれないと思うのです」なんて文章が続いたら、『コイツ、何を伝えたいんだ?』という文章になります。

 

言い切らないので、自信がない印象を受けます。責任を持ちたくないから、「私がそう思っただけです」という逃げ道を用意しているかのよう。

説得力に欠ける文章です。

この「思う」を使用する場合だと、同じ言い回しだけの問題ではないので、「~だと考えます」と言い換えてもダメ。

 

 

大前提として、何かを考え思ったから文章を書いているわけで、「思った」のは分かりきった話です。

自分の話を、自信をもって伝えるのが文章のコツの一つですね。

 


●過去記事のリライトをすべきか、それが問題だ

形式名詞の記事からずっと悩んでいるのですが、過去記事のリライトが全然できていません。

改めて見直すと、文章の間違いが本当に多い。

怖いのが、文章を学ぶにつれて問題点に気付き、修正箇所が雪だるま式に増えている事実。

今後も増えるよ。修正点。

 

過去記事の修正にはとんでもない労力が必要そうなので、二の足を踏んでいます。

新しい記事も書きたいし、時間がいくらあっても足りない。

少しずつでも、気付いたところから直すべきか。

 

あー、大変だなー、やりたくないなー、誰かやってくれないかなー、
ということを思いました。