ひなせたん 寝る前に考えた

空想・夢想・妄想が主な成分

私とか僕といった一人称代名詞は削った方が良い

どうも、日生 誕(ひなせ たん)です。

 

「俺」とか「あたし」とか、一人称代名詞はいろいろとありますが、それらを削ったほうが、日本語としてスッキリした文になります。

 

日本語の一人称代名詞 - Wikipedia

 

小生(しょうせい)とか拙者(せっしゃ)とか、逆に使ってみたい気もしますが。

 

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道具は削らないと


●ブログだとほとんどの人が使っていない

出だしから偉そうなことを言っていますが、実はみんな、いちいち「僕」「私」とか書いていない。

 

文章の書き方とかコツを記事にしているのですが、ブログで「一人称代名詞は削った方が良い」と書いても、ほとんど意味が無さそうです。

皆さん、偉いですね。自然となのか、一人称代名詞を使わずに文章を書いている。

 

エッセイとかもそうですが、書き手が明確な文章の場合、いちいち一人称代名詞は使わないですね。

 

ブログの場合には、

「今日、会社に遅刻しちゃったんですよ」

といきなり書いても、意味が通じますから。

 

小説の場合は違います。

「一人称視点の小説ですよ」

という場合は、しっかりと一人称代名詞が使われます。当たり前の約束事ですね。

そうしないと、視点が分からないから、この場合は絶対に必要です。


●文章が固くなる

私の場合だと、仕事についてとか、この文章についての記事のように、真面目な話には一人称で「私」を使います。

ちょっとかしこまった文章になりますね。

 

でも文章が固く感じるので、もっと読みやすいように、やわらか~く、フレンドリ~に、暖か~く書きたい。

「ぼく」とか「おれっち」をあえて使用する、という手もありますね。中身はおっさんですが。

 

今までは意識しませんでしたが、文章の効果を狙って、使い分けていくのもいいですね。

「我輩は~」

とか書き出したら、コイツやべー奴だと感づいて、読む人が身構えてくれますから。

 

●日本語は主語を削ると良い文章になる

日本語について学んでいると、

「日本語は主語を削ると良い文章になる」

という意見を目にします。

 

確かに、不必要な文字だったらそれは削れるわけで、削って意味が通じるなら無くてもいいはず。

 

本当に必要な文字だけ残って、読み手に意味が通じるなら、文章の役割は果たしている。

自然と、シンプルで分かりやすい文章になるはずです。

理想的とも言えます。

 

余計なものをそぎ落とすと、簡潔になり、リズムが生まれる。

不思議と、詩のような文章になりますね。


●不必要なものを「削る」のがポイント

よくよく考えてみると、一人称代名詞を削るのが重要なのではなく、「削る」という行動というか、行程が重要なのではないでしょうか。

 

「日本語は主語を削ると良い文章になる」
という話ではなくて、
「日本語は削ると良い文章になる」
なのでは?


不必要なものを削って、言葉を研いでいく。
もっともふさわしい位置に、もっともふさわしい言葉を並べる。

 

なんか、日本酒みたいですね。
雑味を無くし、すっきりさせるため、お米を削る。
「米を磨く」とも言います。

 

言葉も、削って、磨いていかないとダメですね。